宗像で農(土)に向かう

2025.12.02
田んぼで青々と育つ稲の穂のクローズアップ写真(初夏の自然栽培の風景)

17年前のことだ。
私、天野は休日になるとスーツではなく長靴を履き、田畑に向かった。

雑誌で読む“農ある暮らし”ではなく、もっと雑な始まり

当時、都会から離れ、里山に暮らしを移す人々が少しずつ増え始めていた。
「自然に寄り添う暮らし」や「自分で食べ物を育てる」という言葉が雑誌の特集に並び、どこか生活の理想のように語られていた時代だ。

そう聞くと、私もそんな流れに惹かれて農業を始めたのだろう、と言われそうだ。
だが、実際はもっと雑だった。
いや、正直に言うなら、ほとんどその場のノリだった。

センニチコウとマリーゴールドなど色とりどりの花々が寄り添う様子
『今日はどんな話をしよう?』と寄り添って、肩を揺らしながらおしゃべりしているみたい

飲みの席から始まった“一反農業”という無謀な挑戦

きっかけは飲みの席。
当時勤めていた広告代理店の先輩が会社を辞め、実家の農業を継いだ。
退職後も付き合いが続き、飲みに行ったり、仕事を手伝ったりする仲だった。

その夜、彼の友人がぽつりと言った。
「俺、農業やってみたいんだよね。」

どれほど真剣だったのかは今でもわからない。
だが私は、なぜか「じゃあ俺も」と返していた。

すると先輩は言った。
「いいよ。じゃあ一反ずつで。」

ここで想像してほしい。
当時の私も、先輩の友人も、「一反」がどれほどの広さかすらわかっていなかった。

それでも私たちは迷わず言った。
「オーケー。」

理想と現実のギャップ──広すぎる土地と素人の私

数日後、貸してもらう田んぼを見に行った。
目の前に広がる一面の土地を見たとき、心の中で小さく声が漏れた。

――広い。

「これ、手作業じゃ無理ですよね?」
私がそう言うと、先輩は笑って答えた。
「できなくはない。でも、確実に大変。トラクターもコンバインも自由に使っていいから、無理せずやれ。」

そのやり取りがすべてを物語っていた。
完全にノリだった。

その後、畑も借りた。
「四畝でいい?」と言われ、「いいです」と答えた。
もちろん、畝という単位すら理解していなかった。

週末農業で無農薬の畑を四畝管理する――無理だった。
景色としては美しかったが、理想と現実の距離はなかなか埋まらない。

収穫前に黄金色へ色づいた稲穂のクローズアップ写真
ぎゅっと寄り添って、『ここまで来れたね』と互いに励まし合っているみたい。

農業の一連の営みを身体で覚えた日々

ただ、田んぼについては恵まれていた。
先輩は大規模に稲作を行っていたため、必要な機材もノウハウも揃っていた。

田起こし、種子選別、温湯消毒、育苗、代かき、田植え、水管理、除草、中干し、収穫、乾燥、籾摺り、精米。

イベントでも体験学習でもない。
農業という営みの一連を、季節に合わせて身体で覚えた。

気づけば、それは4年、いや5年続いた。

眠っていた“農への思い”が宗像で再び動き出す

あの頃から、いつか農に関わる仕事をしたいと思うようになった。
ただ、その思いは、胸の奥に植えられたまま、長い間眠っていた。

そして昨年。
私は宗像という土地に深く関わる仕事に就き、仲間たちと語るようになった。

「農業を軸に、宗像の価値を上げられないか。」

その会話は、次第に輪郭を持ち始めた。

そんな時期、不思議なようで必然のような縁が巡ってくる。
宗像市内の農業法人、正助ふるさと村に参画する話だった。

鮮やかなオレンジ色のマリーゴールドの群生写真
ここにいるだけで気分が明るくなるよね、と太陽みたいな笑顔で場をあたためる花たち

農を中心に、景観・文化・福祉を巻き込む挑戦へ

これは栽培だけの話ではない。

地域の人と取り組む。
農産品を育て、加工し、届ける。
景観を守り、文化をつなぐ。
福祉と農業を掛け合わせ、新しい働き方や循環をつくる。

その挑戦に胸が高鳴らないわけがない。

農業の“進捗”を記録するコラムとして

もちろん、大きなことを言い過ぎても仕方がない。
農業は、派手な言葉より、積み重ねた時間がものを言う世界だ。

だから、このコラムは進捗の記録だと思ってほしい。
更新がなければ、まだ土を耕しているところ。
更新があれば、何かが芽を出し始めた証。

夕暮れの薄明かりの中でシルエットとして揺れる小麦の穂の写真
薄明かりの中、小麦の穂がシルエットになって揺れる黄昏時。

土に向き合うと、自分にも向き合う

ここまで読んでくれたことに、感謝したい。

稲が土を押し上げ、光に向かうように。
思いもまた、ゆっくりと形になる。

まだ、何も決まっていない。
だが、それでいい。

――土の前に立つと、迷いより先に、問いが生まれる。

何をつくるのか。
何を残すのか。

その答えを探しながら、
私たちは今日も、土に向き合う。

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