今週は、宗像市の風景と産業をあらためて見つめる時間が続きました。
正助ふるさと村では農業の現場に、そして火曜日には宗像市の離島・地島へ。そこでは、穏やかな海や美しい集落の風景の一方で、空き家の増加や漁業を取り巻く厳しい現実にも触れることになりました。
こんにちは!ひとりごとの増えてきた宮崎です。
宗像市も気候がかわりつつあり、過ごしやすくなってきた。
みなさまはいかがお過ごしでしょうか。
今週は打合せのなかで、自然にふれることが多かった。
正助ふるさと村で感じた、農の穏やかな時間
月曜日は正助ふるさと村で、4月から新卒(農業大学校)入社の若い、それは若い二人と面談。
彼らの濁りのない目をみていると、農業をおもしろくて生きがいとなるビジネスに戻さなくては、とタートルネック(襟)を正す。
その後、お昼を30分程度はさんでから次の打合せも正助ふるさとだったので、軽い散歩の心持ちで農園へ足を向けた。

正助ふるさと村は「村」と呼ぶにふさわしい、のどかな場所だ。
農園を横断しようとしたが、職員さんが植えてくれている花壇と木のベンチまで来てその「農場」の桃源郷のような景色の誘惑に負けた。
だらしなくベンチに横たわる。
ついでだから試しにオヒルネでもしようかと目をつぶる。
だが、太陽の光は燦々として、私のちょっとした自堕落すら許してくれない。
うらめしく目をあけて、緑色と茶色を背景に、丁寧に乗せられた黄色と白の点描のような花々を眺める。
癒される。気持ち悪く笑っていたかもしれない(笑)
モンシロチョウのつがいが飛んでいる。
4枚の羽根が、まるで花びらのように、だが意識のある花弁は重力に反して舞う。
電話がなる。もう打合せだ。分かっていますよ。
地島へ向かう船旅と、島の基本情報
火曜日は宗像市の離島のひとつ地島(じのしま)へ。
Wikipediaから引用の地島情報。
宗像市本土側の鐘崎漁港から北西に約1.6km、神湊港から北北東に約5kmの場所に位置する。約5km西の海上には大島がある。大島・沖ノ島とともに玄界灘と響灘を分ける島で、島の西側の海が玄界灘、東側の海が響灘である。
面積1.57km2、島の周囲は9.3kmで、北北西から南南東に向かって細長く伸びた形をしている。
人口は122人、世帯数は54世帯(令和2年国勢調査)。
島内では約6,000本のヤブツバキが自生。産業はウニ・ワカメ・アワビなどの漁業が中心。椿油の生産もある。

海は凪いでいて、海路の日和である。
平日のお昼どき、船客は10人ほど。

Mu-Moをきっかけに生まれた、地島との縁
地島との往来のきっかけは、子ども広場「Mu-Mo」の開業だ。
地島とMu-Mo、「風が吹けば桶屋が儲かる」くらい無体なつながりに聞こえるが、事実はこんな経緯。
Mu-Moは飛騨五木さんに設計していただいたのだが、そのメインの設計者のIさんのお父上が地島出身だった。
年に一度はご実家にお帰りになっているらしい。
ただ、そのご実家もいまや主人なき空き家になっている。
「活用できるのなら使っていただいてもいいですよ」と、お酒をあおるIさんからの話に、私も「お代わりください」というノリで「じゃ、見に行ってきます」と答えたのがそのきっかけ。
一年前の今頃だろうか。
初めて地島に上陸。
IさんからいただいたGoogleマップの場所を目指して歩く。
の集落から海を見る.jpeg)
港を背に集落に入ると、Iさんの叔父さんのOさんが、にこやかに私たちを迎えてくれた。
そこからIさんのご実家を内覧させていただき、さらにOさんのご実家も拝見した。
かつて水産学校にお勤めで、生徒を連れて海を走り続けてきたOさんの仕事や地島の思い出語りは興味深く、私たちは1週間後に再訪を約した。
そして翌週、真昼から地島の魚をつついてウィスキーを嘗め、大いに話の花を咲かせた。
そのときから、地島の空き家と産業の問題に何かお手伝いできることはないか、考え続けてきた。
ただ、いまのところなに一つ、同じ地域の島のためにできていない。
空き家と産業の課題、その先にある島の可能性
今回の訪問は、私たちも(リソースを投入して)地島の空き家問題に何かの活路を見いだせないかの(まだまだレベルの)よもやま話。
島のとあるお二方(Hさん、Kさん)と、船と船のあいだのひととき、腰をすえて話を伺った。
今回私は、漁業以外にかつて島が外貨を稼いでいた「民宿」の歴史やその事業内容の詳細を聞きたかったのだが、(結果的に)改めて(皆さんが危惧する)島の現実を聞いた。
島の現在はなかなかヘヴィーなシチュエーション。
産業の中心である漁獲量は年々落ち(これは景気変動のように中期スパンで波があるので、もしかしたら波の底にいるのかも、という楽観論もあった。ただ、「これは分からんな」とも)、漁業関連以外にこれといった仕事はない。
このままでは島民の数が100人を割るだろうな、と自虐的に微笑まれたが、私たちは笑えない。
人口が減っているのだから、その人の生活を支えていた家は使われなくなる。
集落にはひとつ、ひとつと空き家が増えている。
離島ゆえ、建物を解体するのは値が張るため、所有者もいったん目を閉じて「空き家問題」を先送りする。
人が住まなくなった家は、特有の悲哀の低い音を発する。
そしてそれが地域を昏くする。
いつ妖怪になってもおかしくない。
妖怪好きの長谷川さんには空き家の妖怪を考えてほしい。社会がもっと空き家問題に真剣になるために。
うん、これは企画にしても良いかもしれない。
ただ、暗い話ばかりではなかった。
島民130人ゆえのクローズなコミュニティの息づかいが自然にあらわれる。
会話をしていると「〇〇さん」「〇〇ちゃん」など島の住人の名前がポンポン出てくる。
全員、顔と名前が一致しているのだ。
これは、どこかできっと価値づけになる。
から港へ続く道.jpg)
また地島へ。できることを探し続ける
帰りの船の時間が近づき、集落を歩いて港へ。
乗船前に、Hさんから大量のめかぶとわかめをお土産にいただいた。
(社員を代表して、お礼を申し上げます。ありがとうございました。)
4月に入ったら、また2度ほど地島を訪問する予定にしている。
なにができるか分からないが、なにかしないとなにも始まらない。
また地島のことはここで報告していきたい。