レアル・マドリードからまちづくりvol.001
RealMadrid 4-0 ValènciaCF

2025.11.07
マドリードフラッグ、まちのピッチから

僕、代表 宮崎は30年を越すスペインサッカーのとりこで———、というよりも、より正確に言うなら、熱狂的なマドリディスタ(レアル・マドリード)である。
かつてはマドリーに関するブログを書いていた時期もあったし、もちろん、実際にサンチャゴ・ベルナベウ(本拠地スタジアム)のスタンドに立ったこともある。(本特集の他記事はこちらから)

宗像に「好き」を語れるまちをつくりたい

そんな僕の、今の夢は、いつか「宗像市でレアル・マドリードを軸にしたコミュニティをつくる」である。
荒唐無稽に聞こえるかもしれないけど、みんなが、好きなものを「好き」と主張できるまち。それをお互いに認められる地域なのだ、ということを「見えるもの」で表現したいと考えている。

僕のその切り口がマドリーだ、というだけ。

ちなみに、先日、会員1名(かつ会長)という「宗像オカルト研究会」の会長の「怪談イベント」をお手伝いさせていただいたけど、とても素敵な会合だった。
その盲目的で血を見るように鋭角な熱量。
そしてこれを大都市でなく、宗像市で開催していることに、価値を感じないではいられなかった。
そして、決めた。
よし、僕もちゃんと夢を実現しよう、と。

それでこんなものを書いているわけ。
仕事とはほとんど関係ないので、興味のない方はここまでで。

早朝5時、マドリディスタの儀式

最近は仕事と老化のために、なかなかライブで試合を見ることもなくなった。
今朝(11月2日)も5時に起床して、顔を洗ったら今年の応援シャツの背番号24・ハウセンに袖を通す(半袖だが)。

モニターをつけ、開始前の映像を送って、クラブアンセム「Hala Madrid y Nada Mas」を歌う。
といっても、未だにサビしか歌えず、他の部分はウンウンうなるだけ。
でも、Madrid~あたりからはちゃんと熱唱。
バカな話だが毎度毎度、歌いながら泣きそうになる。歴史と記憶は恐ろしい。

アロンソの戦術と、学ぶべきチームの哲学

で、ヴァレンシア戦。
アロンソはいよいよ中盤の最適解を見つけたよう。
先週のクラシコが生んだ、ベリンガム、ギュレル、チュアメニシステム。
JAAの誕生。
AJAの方が良いかな。

今日もベリンガムにジダンの姿を重ねる。
その大柄な体躯の状態を前傾させ、伸ばした右足に置いたポジションからの深い切り返しや、狭小地でのダブルタッチに、ジダンの固い柔らかさをみる。
そして今日も裏抜けの動きが効果的だった。

でもこの中盤構成だと、カピタン・フェデがどうしても右SBになってしまうという寂しさもある。

ギュレルは守備意識と献身度が高まり、かつその天才性も発揮できている。ベルナルド・シウバみたいになってほしい。イメージとしては。

アロンソのあの濃紺の上下のセットアップ、カッコいいわ。素直にあれ欲しい。

ヴィニは打って変わっておとなしかった。ピッチ出るときに、ちゃんとアロンソともタッチしていたし。

試合はハンドのPKからバペ。
二点目は中盤でギュレルが左へ散らして、そのまま左サイド裏抜けラン、ベリンガムがそこへ縦パス。抜けたギュレルの折り返し。バペがマーク外して体幹でバランス、左足インサイドで丁寧に叩いてゴール。
ミートの瞬間、左の足以外の身体のすべての部位から力感が抜けて、その左足にだけ神経があるような繊細な動きだった。職人ね。
その後は、マドリーらしさ全開。ベリンガムの不条理、そしてカレーラスの不条理。
後半は、ミッドウィークのリヴァプールを考慮してか、順次主力を下げてクロージング。
9番を久しぶりに見る。
トレントの復帰は来週かな、いきなりアンフィールドはないでしょう。

チームの哲学は、まちづくりにも通じる

最後に、アロンソのインタビューを抜粋。会社のマネジメントでも使えるぐらい深い。
『ドレッシングルーム(選手起用・管理)について:「私自身であること。それを偽らないこと。選手一人ひとりの役割を知り、チームにとって何がベストかを常に考える。尊重に基づいた良好な関係を持ちつつ、同じ厳しさを保つ必要があります。ただし、『皆同じ』という考え方ではなく、それぞれ異なる個性を理解しながら適応していかなければなりません。」』

冗長になりましたが、宗像近郊のマドリディスタのみなさん、機会があればぜひお会いしましょう!

Hala Madrid!

#RealMadridValencia

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