(※前編では、宗像のイングリッシュキャンプで出会ったBrockが、なぜ日本への移住を考えるに至ったのか、そして彼が「料理」という針路を選び直した経緯までを書いた。)
後編では、その続きを。
彼が料理の道を“仕事”として選び、どんな場所で腕を磨き、何を目指しているのか。
そして宗像で実現した一夜限りの「Brock’s one night Bar」が、どんな空気を生んだのか。
ここからは、当日の記録も交えながら書いていく。
料理の道で鍛えた日々
東アジアのことを学びつつ(ここは正直ちょっと分からなかった)、自己流だった料理は、学校で理論を教わることで洗練させた。
卒業後は映画『ダーティ・ダンシング』の撮影現場で知られる、マウンテン・レイク・ロッジに就職。
陳腐な言い方だが、絶えざる努力を重ねて、彼は半年後にスーシェフに昇格。
順風に見えたBrockの人生だが、(ここでは詳細を書かないけど)人が幸せをつかもうとするとそれをやっかむ誰かが足を引っぱるもので、彼の人生はふたたび転機を迎えざるを得なくなった。
何かを変えることを余儀なくされたBrock家族は、次の目標を「移住」に定めた、というのが私と会う前までのお話。
面談で見えた人となり
Brockは私の質問に丁寧に(そして私の英語力では3メートルぐらい長文の文章を後ろに置いていくような早口で)、ひとつひとつ返してくる。
なるほど、地頭は良さそうだ。
「日本で料理がしたいの?」には、日本で料理を通じて文化交流や教育につながるようなことをしたい、と早口で。
「僕はいつか豆腐づくりをしたいと思っているけど、豆腐職人でもいいの?」には、興味があります、作るところから始めないと本当の素材の味の引き出し方は分からないから、製法を分かったうえで豆腐料理にも挑戦したい、と光の速さで。
まずは一度、食べてみる
何とかしてあげたい、という気持ちと、本当に(自分に)何とかできるのか、という意識のシーソーゲームのなか、私はこう提案した。
とりあえず1回、Brockの料理食べさせてよ———
もちろん答えはイエス。これぞまさにSAY YES、迷わずに。
そんな勢いで立ち上がった「Brock’s one night Bar」企画。
まずは使わせてもらえるお店探しから。2軒ほど丁寧なお断りをいただいたあと、くりえいと3丁目の「NecoDeco」さんをお借りできることになった(森上さん、ありがとうございました)。

あまり日程的な余裕もなく、関係者がNecoDecoさんのお店で厨房のチェックや当日の段取り、座席数などの確認ができたのは、なんと「Brock’s one night Bar」開催の4日前!
それでも自信ありそうなBrockの顔を、私はまぶしく仰いだ。
豆腐料理を必須条件に
今回の企画で私からBrockにお願いしたのは、ひとつだけ。
豆腐を使った料理を、かならず一品作ること。
2日後、彼からメニューと必要な材料リストが届く。
このころから、Aさんと私はスタッフを含めたご参加者様の調整に入る。
なにしろ、基本的にはBrock一人が料理を作るので、そのキャパシティから参加人数は16名とした。
Brockが招待したい友人もいるし、イングリッシュキャンプに関わっていらっしゃる宗像市の方々にも見ていただきたいし、宗像在住の先輩欧米人にも顔を出してほしいし、お店を借りた森上さんにもご意見を伺ってみたいし、スタッフも足りないし、カメラマンもいたらいいしで、調整の結果、海外の方6名、日本人12名を招待させていただいた(会費をいただいたので招待とは言えないが)。
材料の買い出しは、自分でも飲食店を経営したことがあり、このブログでの連載「イッコーが行く」が不評で有名な(笑)イッコーに頼むことにした。
とにかくバタバタしつつも当日を迎える。



当日タイムラインの熱量
1530 スタッフ全員集合、調理開始。Brockは水を得た魚のよう。料理人がモテる理由を理解する。不純ではあるが、底がはっきり見えるほど透き通った動機で私も料理を習い始めようか悩む。
私とAさんはテーブルセッティングや、参観日の親の気持ちで厨房のBrockを眺める仕事をする。
イッコーは再び不足分の買い出し(笑)
1730 厨房は戦場の様相だが、喉の渇きがたまらなくなり、イッコーにこっそりウィスキーの小瓶を買ってきてもらう(バーボンを買ってきたが)。
1800 バーボンをちびちびしながら、この先のことを考える。
1820 最初のお客様をお迎えする。ガイ、ジャフ、グレッグ。宗像が誇る海外ミュージック隊である。
.jpg)
昨年の国際カラオケ大会でも優勝したガイたちバンドに、「ちょっと歌ってよ」と言っておいたので、ちゃんとギターと謎の打楽器とともに入場。
1830 厨房、最後の追い込み。
1840 開会
最初に、企画の言い出しっぺの私が簡単にあいさつ。そして厨房から出てきた真打Brockが律儀にジャケットを羽織り、参加者のみなさんに御礼の口上をひとこと。

いただきます!
豆腐料理が示した発見
私はドリンク係なので、みなさんの様子をみながら、飲み物をサーブして回る。
急遽人数が増えたこともあり、私はテーブルに席をもたず、手が空いたときや飲み物を運ぶタイミングでご参加のみなさまにお味などヒアリング。
一品目は、私の依頼した豆腐料理。
前述のとおり席が足らなくなったので、イッコーにはとりあえず席を与え(私は飲み物のサーブがあるので)、料理は二人でシェアしようと伝えていた。
ところが、ふとイッコーを見ると、豆腐料理をパクパク食い尽くす勢いで能天気に歓談中。
慌ててイッコーから豆腐を強奪し、Brockの豆腐料理をいただく。
ここまで豆腐に味を付ける料理は、日本で食べたことがない。
素の豆腐の美味しさを引き出す、というのは「不味い豆腐」しか海外には存在しない認識の(byガイ)Brockにはない考え方なのかもしれない。
そういう意味では「美味しい豆腐を海外!」に、などというハイコンシャスな活動をしている日本の豆腐屋さんもいるのだろうな、など想像する。
ただ、こんなソースで食べる豆腐も悪くない。たまには。
料理と音楽が混ぜた空気
そこからサラダ、メインと続き、おいしい!やGood!やGreatやウマイ!の感嘆が、それ自体が調味料のようにテーブルを踊る。
私は嬉しくて、Brockを目で探す。
厨房のBrockと目が合う。
彼は自信と喜びの混じった表情で、ニコっとする。
マウンテン・レイク・ロッジのスーシェフ・Brock、美味しさは当然といえば当然なのかもしれないが、その料理には彼の「人」が、やさしさがちゃんと感じられる。

料理には人種だとか、日本語がしゃべれるとかしゃべれないとか、そんな評価軸はない。
このころから海外音楽隊の活動が始まる。
強引に参加者を巻き込む、何とも陽気な音楽が、見知らぬ人を良く知っているかのように色づけていく。

こういうかしこまらない、言葉のあやふやな交流こそ、私たちが必要としている姿なのかもしれない。
ガイやジェフと考えている今後の企画もこんなものになるといいな、など考えたり。
デザートが出て、この日の小パーティもフィナーレへ。
one night が last night に
この日の企画は「one night Bar」としたのだが、実はBrockは急遽、まさに先に書いた彼の周辺の問題のため、この翌日に日本を離れることになっていた。
だからこの企画は、one night 限りのものであったし、これが正真正銘の宗像last nightにもなってしまった。
最後に、Brockのあいさつをもらい、私はこの日の御礼に、若宮在住の畏友である陶芸家に譲ってもらった鉢をBrockにプレゼントした。

彼が愛する家族に、彼が愛する料理を盛り付けるための、ちょっと大きめのプレートを。
そして願わくば、私たちと過ごしたひとときを思い出してもらうために。
縁が残す、見えないタッチ
この先、私たちとBrockの人生がどう交差していくかは、私にもまだよく分かっていない。
ただ、こういった指先がかかるか、かからないか、のタッチが目に見えない何かをどこかに残していき、そしてそれが世界を変えていくのだ、という不確かで青臭い信仰をもっていたい。

「縁は異なもの、『味』なもの」
そんな経験でございました。